震災

太古の時代よりこの国は巨大地震を何度も経験している。
たまたま自分が生きた時代に3.11があった。

震災から366日目の今日、
テレビはその特番ばかり放映している。
あらゆる民放番組共通で言えるのだがシリスな番組本編の合間に
くそふざけた緊張感のかけらもないCM入れる。
吐き気しかしない。まじでゲロぶちまけそうなんだよ。
いいかげんにしろテレビ屋。
テレビ屋が国民にとって敵である、敵でしか無い存在である
と再認識するにはあまりある光景だった。
口の中すっぱいよもう。

原発安全神話に取り込まれていた自分が居た。
心底恥じた。
50年前から進歩してない技術を過信していた。
技術職として探求も研究もし続けていなかった自分に
深い後悔の念を抱いた。

津波をかぶったくらいで、電源が消失したくらいで
機能のすべてを失ってしまう
何人もの人間が一生かかって稼ぐ金額を余裕で越える値段の
IT機器も通信機器も通信技術などもすべてゴミだった。
自分が関わっている技術が
たかだか自然現象に対してこれほどまでに無力かと思い知らされた。
完膚なきまでの敗北感だった。

腹が立つ事が100倍くらいに増えた。
腹を立てているだけでは何も変わらない。
行動して、人を巻き込み、時にぶつかり、
動き続けて結果を得よう、、、。

うまく言葉に現せないが、
時代が変わったとか使っちゃった場面もあったけど
おれの言葉で言い表すと「この日世界がねじれた」
書きたい事はほんとはもっと山ほどあったんだが、
なんだかうまくまとまらねぇ。
これがおれの3.11

コメント

  1. knivez より:

    追記:
    ずいぶん長い事悩んでたつーか迷ってた事があったんだけどね、
    この日を境にはっきり決めた事がある。
    いや悩んではいなかったな。じっさい。
    結論ださなくったってどうにでもなることだからw
    でも決めた。
    おれが死んだら臓器でも目玉でもすきなとこ持って行ってくれ。
    と、明確に意思表示する事にした。
    誰のためになるのかなんのためになるのか
    さっぱわかんねーけど、
    おれの生き方ってきっとそうなんだろうと思った。

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